Vol.11 まずは体動かす楽しさを
朝の犬舎はとてもにぎやかです。 20ある個室は常に満杯で、訓練士が入ると、犬たちが「ワン、ワン、ワン」と元気にあいさつしてくれるからです。しかし、1987年12月にセンターが開所したとき、訓練犬はたったの4頭で、愛犬家から譲り受けることもありました。
シェパードのジャスミン(メス)と出会ったのは1988年。学生寮でジャスミンを飼っていた学生が、とある事情で愛犬を手放さなくてはならなくなり、センターに「盲導犬として新たな人生を歩ませていただければ」と、相談を寄せられたのです。
シェパードは警察犬などにも用いられる犬種なので一般的には警戒心が強く、見知らぬ人がやって来ると激しくほえますが、ジャスミンは初対面の私が近づいてもしっぽを振って出迎えてくれました。精強な顔つきをしているほかのシャパードと違い、左耳が垂れた顔は愛きょういっぱい。穏やかな性格も盲導犬にぴったりで、直感的に引き取ろうと決めました。
しかし、訓練を始めてみると、いくつもの壁にぶつかりました。人を誘導する盲導犬には、率先的に行動する性格が求められますが、ジャスミンは私に寄り添ってばかり。しばらく悩んだ末、まずは体を動かす楽しさを知ってもらおうと、骨の形をしたおもちゃなどで一緒に遊ぶことから始めました。積極性が出てきて基礎訓練が軌道に乗ると、次は車酔いがひどいことが分かりました。誘導訓練のために車で移動しようとすると、10分ほどで吐いてしまいます。
毎日吐き続けるジャスミン。さすがに、訓練中止も考えましたが、ジャスミンは吐くたびに「何度もすいません」とでもいうような目で私を見つめます。その顔を見ると、ジャスミンも必死に頑張っているような気がして、私の方が奮い立たされました。
嘔吐は、えさの種類を変え、ふやかすことで解決。センターを卒業したジャスミンは、亡くなる直前まで9年間、盲導犬として立派に働いてくれました。
訓練士になりたてだった私に多くのことを教えてくれたジャスミン。粘り強く接すること訓練にはマニュアルがないことを、私は今も忘れないように心掛けています。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。