Vol.14 生きる力をくれたパール
訓練センターのホールの壁に、盲導犬パールに贈られた感謝状が掛けられています。パールの使用者で、6年前に亡くなられた男性のご家族が、「こんな盲導犬がいたことを知っていただければ」と、譲ってくださったものです。
パールと一緒に暮らしたこの男性は38歳のとき、糖尿病の影響で視力を失いました。しばらくは障害を受け入れられず、自宅でじっと過ごしていたのですが、ある日、筋ジストロフィーのために四国で入院生活を送っていた息子さんから「お父さんは体が動くのに、寝てばっかし」と励まされ、奮起されました。
針きゅう師の資格を取るため、北九州市にある盲学校に入学。通学途中に生傷を作って帰ってくるので、見かねた奥さんが盲導犬を勧めたそうです。
最初に盲導犬の申し込みに来られたとき、訓練に耐えられるだけの体力が十分ではなく、お断りしたのですが、1年後、水泳で体を鍛え直して、再び来られて驚きました。
ただ、3日に一度は人工透析のために電車で病院に通わなければならず、さすがに疲れた表情になることもありました。そんなときは、明るい性格のパールが男性の支えになっていました。
人工透析を終えて夜11時ごろに戻ってくると、パールがうれしそうに飛びつき、男性が「おおパール、待っとったか」と、笑顔を浮かべていた姿が忘れられません。
1991年に訓練を終えて、パールとの生活を始めた男性は針きゅう師の資格を取得。しかし、1987年に51歳でお亡くなりになり、パールも2年後、息を引き取りました。
男性のご家族が、感謝状とパールの遺骨の一部を訓練センターに持って来られたのは一昨年春でした。「夫はパールと暮らし始めてから『パール、パール!』って、とても明るくなったんですよ」と話されていたのが印象的でした。
パールはあの男性に生きる力をくれたのでしょう。感謝状を見るたびに、命の尊さを思い、人と犬の絆の深さを感じます。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。