Vol.16 ビオレに心を癒されて
共同訓練に取り組む生徒の皆さんは夕食を終えると、お茶を飲みながらのんびりと会話を楽しみます。その間、訓練犬はパートナーの足にあごを乗せ、目を閉じて気持ちよさそうに横たわっているのですが、私は、このなごやかなひとときが一番好きな時間です。
思えば、私のそばにはいつも犬がいて、心の支えになってくれました。初めて犬を飼ったのは小学2年生のとき。下校途中、住宅街の道路脇に段ボール箱に入れて捨てられていた雑種のビオレを見つけ、連れて帰ったのがきっかけでした。
その数ヶ月前、私に2人目の弟ができる予定だったのですが、難産のため、母と弟を一瞬にして失いました。心の中にぽっかりと大きな穴が空いたような感じで、学校の先生や友達が気を使ってくれるのが逆につらくなり、誰とも話さなくなっていきました。ビオレと出会ったのはそんな時期でした。
当時、ビオレは唯一の遊び友達でした。学校から帰るとビオレを連れ出しては、土手に座り、学校での出来事をあれこれ話しました。
もちろん、ビオレは人の言葉が分かるはずはありません。ビオレはただ、遠くを見つめているだけでしたが、不思議なことに、じっと私に寄り添い続け、寂しさを癒してくれました。
いつのころからか、私は「言葉が通じなくても心のきずながあれば、人と犬は分かり合える」と考えるようになりました。きっとこの思いはビオレが教えてくれたのでしょう。
人懐っこい性格だったビオレは、私が小学5年生のときに近所の人の後を付いていき、車にはねられてしまいました。私と祖母が駆けつけたときには、血まみれになって死んでいて、その体の冷たさが今でもこの手に残っています。
別れは突然やってきます。母と弟に加え、かけがえのない友達だったビオレを失い、命は永遠でなく、限りあるものだということを子どもながらに思い知らされました。
訓練士になろうと思ったのはずっと後のことですが、家族の死とビオレとの出会いが、訓練士の道に進むきっかけになったのは間違いありません。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。