Vol.18 ほめ方にも加減が必要
盲導犬を知ったのは25歳のときでした。点訳ボランティアを始めていて、関係者に盲導犬のことを教えてもらいました。親代わりだった祖母を亡くした年でもありました。 「犬と一緒に仕事ができていいな」というのが第一印象。その後、書店でたまたま手にした盲導犬の本に、ベローナによく似た犬の写真が載っていたのが運命だったのかもしれません。
1ヶ月もしないうちに、休みを取って全国の盲導犬協会を訪問。福岡の盲導犬協会に採用されたのは3度目の訪問の後でした。すぐに会社を辞め、栃木の訓練センターで研修を始めることになりました。
今でこそ、訓練のマニュアルはありますが、20数年前は「先輩を見ながら技術を身に付けろ」という世界。研修が始まったころは犬の顔の見分けもつかず、初めて任されたジュンの訓練も失敗の連続でした。
最初の「ダウン(伏せ)」の訓練では、私が指示すると、ジュンがすぐに従ってくれたので、感激して何度もほめてしまいました。すると、うれしくなったジュンはすくっと立ち上がり、私は慌ててしかります。おかげでジュンは混乱。それから、訓練はちぐはぐなままでした。ほめ方にも加減が必要なのです。
一番、心に残っているのは「ウェイト(待て)」をさせたまま、人が少しずつ離れていく訓練です。ジュンが木立に走り去ってしまったので、私は大声で「ジュン、カム(来い)」と叫び続けました。ジュンはしばらくして戻ってきてくれましたが、私は擦り寄ってきたジュンを思い切りしかりつけてしまいました。
次の瞬間、ジュンがおなかを空に向けぶるぶる震えだしたのを見て、私はハッとしました。ジュンは反省して戻ってきたのに、私はジュンの気持ちを考えず、感情だけで接してしまったのです。このとき、犬の気持ちを考えて接することの大切さを教えられた気がしました。
結局、ジュンは盲導犬になれず、ベローナのときと同じように、心の中で謝るしかありませんでした。ジュンは、盲導犬と関わるようになって一番心に残っている、私の恩師のような存在です。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。