Vol.20 幸せを責任を感じながら
初めて盲導犬に育てたサムは、先輩のサポートを受けての歩行指導でした。が、次のマックは1人で歩行指導することになりました。サムを卒業させたとはいえ、まだ経験不足。このときは、生徒の方に助けられて、何とか送り出すことができました。
マックとの共同訓練に臨んだのは20代の男性でした。初めは、どんな生徒も盲導犬との動きはちぐはぐです。それは、生徒が犬を信頼できていないからなのですが、私は当時、新人でまだまだ未熟で適切なアドバイスが出来ませんでした。少ない経験での歩行指導で、男性が看板や自転車にぶつかる日が続き、指導の仕方で悩んでいると、この男性は「桜井さん、マックは悪くありません。私のせいです。すみません。」とマックをかばいます。それは、マックだけでなく、未熟な私まで助けられたようでした。
年齢が近いことから、この男性とはいろんな話をするようになりました。そして、話しているうちに、男性の、訓練に対する誠実な姿勢の理由が分かったのです。
この男性は、大学卒業後、目標だった高校教師になりました。ところが、教師になって間もなく、黒板の文字がかすんで見えるようになり、視力が徐々に低下する原因不明の眼病と診断され、退職したそうです。
教職をあきらめなければならない悲しさから、何も手が付かなかったこと。その後、教え子の励ましもあって、針きゅう師の資格を取ったことなどを話してくれました。男性は、自分の置かれた境遇から、はい上がろうと必死だったのです。
私が訓練士を志したのは、「犬と一緒に仕事ができたらいいな」という思いからでした。男性の話を聞いてからは、やりたい仕事ができる幸せ、1人の人間の人生に深くかかわる訓練士の責任の重さについて、考えるようになりました。
その後、共同訓練では生徒との対話にも時間をかけるようになりました。男性には、卒業後のマックとの楽しい生活について話すなど、マックへの信頼を深めてもらえるよう自分なりに努力しました。あの男性と再会することはないでしょうが、きっと、今も元気に頑張られているだろうと思います。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。