Vol.23 離島からの訓練生と奮闘
鹿児島県の離島から40代の女性が訓練を受けにきたのは、センターが開所して2年目のことでした。当時は、訓練の進め方も定まっておらず、試行錯誤の連続。ゆったりとした土地で暮らしていた女性にとって福岡か別世界で、苦労を共にしながらの訓練になりました。
現在、私たちは、センターがある福岡県前原市と福岡市天神地区で訓練を行っています。ですが、初期のころは、いろいろ経験してもらおうと、同県大宰府市や佐賀県唐津市まで足を運んでいました。
しかし、離島育ちの女性は街を歩くだけでも大変。次々と訓練場所が変わるので混乱し、パートナーのエリザベスを呼ぶ声は震え、誤った命令を出し、地図も覚えられません。
この女性は、そのまま島に帰るつもりでした。でも、私は、どうしても訓練を続けてほしくて、一生懸命説得しました。
訓練前まで、彼女は家族の支援を受けて暮らしてきました。ところがあるとき、家の真向かいにごみを出しに行っただけなのに、道に迷い自宅に帰れなくなってしまったのです。訓練前の面接で、その時の情けない思いを語る女性の姿は、とても悲しそうで、こういう人にこそ、盲導犬をもってほしいと思ったのでした。
それからは、訓練を行う街をよく知ってもらえるよう工夫しました。例えば、それぞれの特産品があるお店に足を運んだり、親せきの子どものためにおもちゃを買いにいくなど、できるだけ楽しめるようにしました。彼女自身、気持ちが吹っ切れたらしく、訓練は順調に進み、無事卒業までこぎつけました。
卒業後、自宅周辺での歩行指導をするため、フェリーの船酔いに苦しみながら徳之島を訪れました。
・・・が、到着するとすぐに、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
彼女が暮らす集落には信号機がほとんどなく、車もちらほら。「すみません・・・」。以来、できるだけ事前に訓練生の自宅を訪れ、訓練場所を決めるようになりました。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。