Vol.25 心の穴を埋めたリタイア犬
『最初に夫を見たとき、盲導犬としての次のパートナーと思ったのか、マーガレットは緊張していました。でも今は、すっかり遊び友達です。』 これは、心に残る手紙の一部です。盲導犬は10歳ごろになるとその使命を終え、「リタイア犬」としてボランティアの元で余生を過ごします。この手紙は、5年前に引退したマーガレットを引き取ってくださった女性からいただいたものです。
この女性とは、センター設立直後に、パピーウォーカーに申し込んでいただてからのお付き合い。最初に預かっていただいたルピナスは盲導犬になれず、女性の家でペットとして飼ってもらっていました。
その後、女性は夫の仕事の都合で滋賀県に引っ越されましたが、ルピナスはこの女性の心の支えになっていたようです。5年前、11歳でルピナスが亡くなったとき連絡をくださった女性は、とても落ち込んでいました。スーパーで、ルピナスの好物だった牛乳やリンゴを見ると涙がこみ上げ、ルピナスのいない家に帰るのがつらく、帰宅恐怖症のような状態だと話されていました。
ちょうどそのころ、ルピナスの兄妹犬のマーガレットが盲導犬を引退。「マーガレットがルピナスの代わりになるかもしれない」「でも、最愛のルピナスを失った直後だから・・・」。
迷いましたが、思い切って、マーガレットを預かってもらうようにお願いしました。
しばらくすると、マーガレットの状況を知らせる手紙や写真が頻繁に届くようになりました。ご夫妻がマーガレットの持病のアレルギーを治そうと努力されていること、ペットショップで食器や寝具を買ってあげるとマーガレットが嬉しそうに尻尾を振ってくれること、公園に行くと思いっきり走り回っていること・・・。
手紙からは、マーガレットが盲導犬の仕事から徐々に離れ、新たな生活を楽しんでいる様子が伝わり、同時に、ご夫婦にも笑顔が戻ったような気がしてうれしくなりました。
マーガレットは昨年、15歳で亡くなりました。しかし、女性は、ルピナスを失ったときよりも落ち着いていました。きっとマーガレットとルピナスに出会った喜びが、心のすき間を埋めてくれたのだと思います。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。