Vol.26 幸せな最期を迎えるために
5月下旬、引退した盲導犬を預かるリタイアボランティアのご夫婦と一緒に暮らしていたガーベラが、14歳で亡くなりました。訓練センターを巣立っていった犬には、それぞれに思い入れがあり、死去の知らせを受けると悲しくなります。
ガーベラを引き取ってくださったご夫婦は、14年前にパピーウォーカーを始め、子犬だったガーベラの面倒もみていました。ところが、幼少時代を過ごした家に戻ったのに、ガーベラは2日間、ひたすら眠り続けたそうです。その当時のことを振り返りながら、70歳代のご主人は「ガーベラの気持ちは、良く分かりましたよ」と、笑っていらっしゃいました。
戦時中、ご主人は特攻隊員でした。間もなく出撃かと思っていたころに終戦を迎え、実家に戻ると、2日間、ずっと眠り続けたそうです。張りつめていたものがなくなり、急に力が抜けたとのこと。きっと、ガーベラも盲導犬という大役を終え、懐かしい場所に戻ってきて安心したのでしょう。
このご夫妻と再び暮らし始めたとき、ガーベラは足が悪く、白内障も患っていました。少しぼけたような症状もあったのですが、お2人は「共に幸せに老いていきたい」という願いを込めて、ガーベラと接していたようです。
お二人は、ガーベラの足の状態を確かめながら、リハビリのために散歩を欠かしませんでした。そして、ガーベラが、盲導犬のように道の角や段差の前で止まると「もういいんだよ」と語りかけるのです。
ガーベラの上あごにがんが見つかったときは、手術をしても延命できない例があるからと、体力を奪う手術は避けました。夜は添い寝をしながら看病を続け、サプリメントの肝油など体にいいものがあると聞けば、すぐに取り寄せて与えてあげたそうです。
闘病生活が1年を過ぎたころ、明け方にご主人がそばを少し離れていた間に、ガーベラは静かに息を引き取ったそうです。私たちのために一生懸命働いてくれたガーベラは、同時にたくさんの愛情を注がれました。幸せな最期とは「どういうものか」ということを考えさせられました。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。