Vol.7 『兄姉』に訪れた別れ
1年間のパピーウォーカーとの生活が終わると、センターでの訓練が始まります。人間でいえば学校生活のスタート。ただ、「入学」した後は、子犬の心が揺れ動かないよう、原則として面会は許されません。センターでは節目として「引きあげ式」を行いますが、心を通わせたボランティアと子犬の別れは印象的です。
昨年8月、メスのエンゼルを送り出した松原さんは、6年前から盲導犬の育成に取り組まれています。長男が中学進学で寄宿生活を送ることになり、次男が寂しくないように、と考えたのがきっかけでした。1頭目のチェリーを預かったとき、次男は小学1年生で、チェリーに飛びつかれたり、引っ張られたりと、振り回されてばかり。
でも、エンゼルのときは6年生になっていて、毎日、一緒に遊んであげたり、ブラッシングしてあげるなど、息子さんはお兄さんのように接し、いつも寄り添ってテレビを見る姿は兄弟のようだったそうです。引きあげ式のとき、パピーウォーカーの皆さんは犬の名前を呼びかけながら頭をなでて、最後の別れを惜しみます。松原さんの家族は、いつも笑顔で犬を送り出していましたが、エンゼルのときは今まで泣いたことがなかった息子さんが、涙を浮かべていました。
ところが、エンゼルは「新しい出会いがうれしくてたまらない」という感じで、振り返りもせずにしっぽをふって、訓練士のところに駆け寄ります。その姿が余計に悲しかったのか、息子さんはお母さんになだめられても泣き続けました。
もちろん、エンゼルが息子さんのことを忘れたのではありません。家族の愛情によってはぐくまれた信頼関係は、エンゼルの心の確かな基盤となります。だから、新しい環境でもうろたえず、普通に過ごすことができたのです。家族の愛情が心の支えになるのは人も犬も同じ。そう教えてあげると息子さんは涙をぬぐいながら、うなずいてくれました。
エンゼルは夕方になって「お兄ちゃん」がいないことに気が付きました。ドアに飛びついてなき続け、その日だけはドッグフードに口をつけませんでした。
Graceful Land 代表 桜井昭生
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。