Vol.8 初めての集団生活に緊張
小学校に入学したばかりのころ、初めて会う友だちに囲まれてドキドキしたのを覚えている人は多いでしょう。 センターでは、常に20頭前後の犬が訓練を受けていますが、「新入生」の中には初めての集団生活に戸惑う犬もいます。訓練士の仕事は、そうした犬を新生活に慣れさせることから始まります。

センターの1日は、朝の7時(冬は8時)にスタート。個室で寝泊まりしている犬たちは一斉に外の運動場に飛び出します。排せつをし、水を飲んだ後は自由時間。30分ほど追いかけっこをしたり、じゃれ合ったりしてストレスを発散し、その後の訓練に備えます。
ところが、集団生活になじめないでいる犬は、ほかの犬と一緒だと排せつができず、仲間が遊んでいるのを隅っこで眺めてばかり。センターに来たばかりのエンゼルは、引きあげ式では元気でしたが、センターでの生活に慣れるまでに少し時間がかかりました。
犬はあいさつとして、お互いにお尻のにおいをかいだり、かがせたりします。しかし、エンゼルは先輩犬があいさつをしようと近づくと逃げ出し、面白がって先輩犬が追いかけると、「助けてください」とでもいうように訓練士の後ろに逃げ込んでしまいます。
こんなとき、訓練士はあえて集団の真ん中にエンゼルを連れて行きます。盲導犬には、どのような状況でも落ち着いて行動できる能力が不可欠。訓練士はそれぞれ複数の犬を担当するので、集団生活に慣れてもらわなければなりません。
もちろん、訓練士はエンゼルをしっかりサポートします。先輩犬がからかおうとすれば、「ノー」と強い口調で制止し、エンゼルには「グッド、グッド」と肩をたたいて、勇気づけてあげます。性格の問題で、盲導犬をあきらめなければならないケースもありますが、こうしたケアを地道に続けることで犬たちは訓練士と深いきずなで結ばれ、やがて仲間と一緒に過ごせるようになります。
もともと強い心を持っていたエンゼルは、10日ほどで集団生活になじんでくれました。さあ、これから本格的な訓練のスタートです。
(福岡盲導犬協会訓練センター元所長 桜井昭生)
※文中の人名、犬の名前は個人情報への配慮のため仮名とさせていただいています。